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私には願いがある

私には願いがあります。

その願いについて書く前に、

少しだけ東京電力福島第一原子力発電所について、

私が思うことを書きたいと思います。

 

東京電力福島第一原子力発電所は大きな事故を起こしました。

その事故によってたくさんの人が被害を受けました。

その被害は今も続いています。

だから、

どうして外部電源を確保する対策をとってくれなかったんだろう

など、いろんな負の感情があります。

でも、同時に、

福島市に住む私が、大好きなフィギュアをテレビで見て

「今日の結弦さんの演技、きれいだったな〜♪」

と思ったり、

「レパコのケーキ、おいしかった」

と言ったりできるのは、

今この時間も廃炉作業にたずさわっている多くの作業員のかたが

いらっしゃるからなんだとも思うのです。

さらに、

あの事故当時、自らの命を顧みず、

被害を拡大させないために働いた方たちがいるんだとも思うのです。

 

だから、

東京電力福島第一原子力発電所に対する感情は、

とても一言では言い表せない複雑なものなのです。

 

私の願いについて書く前に、

そういう複雑な感情があることをお伝えしておきたいと思いました。

 

 

*****

 

 

私には願いがある

 

私がお皿を洗い、夫が隣でコーヒーを入れているときでした。  

私はふと夫に言いました。

「いちえふ( 東京電力福島第一原子力発電所 )は、

 50年後どうなっているんだろうね?」と。

夫は、「公園になってるんじゃないか?」と言いました。

 

公園・・・、

 

夫が言った「公園」という言葉を聞いたとき、

私の脳裏に浮かんだ光景がありました。

 

たくさんの桜の木が植えられていて、

その桜は満開になり、

まるで「いわさき ちひろ」が描いた絵のような、

淡いパステル調の桜色に染まった光景でした。

 

そこには幾人もの人たちが集い、

風が吹くと花びらが舞う桜を眺めていました。

桜の木の先には穏やかな春の海も見えます。

親子連れの姿もあって、

「ここでね、事故の後、ひいおじいちゃんが働いていたのよ」

とちいさな我が子に話しかけるお母さんの姿も浮かびました。

 

 

 

私はいつの間にか泣いていました。

「そういう光景、見たいな〜。

 廃炉の後のいちえふを見たいな〜。

 見届けたいな〜。

 でも・・・、無理なんだ。

 50年たったら、

 私はそのとき110歳を越してしまうんだ」

そう思いました。

絶対に叶わない願いなのでした。

 

 

それから数日たって、

私は、いつものようにツイッターを見ていました。

そして、そのときふと思ったのです。

「絶対に叶わないことでも、たった一つだけ願いを叶えてあげましょう」

と神様が言ったら、私は何を願うだろうなって。

 

「私をあと50年生きさせてください。

 そして、いちえふの廃炉を見届けさせてください。

 廃炉の跡がどうなるのか見届けさせてください」

私は、そうお願いしたいと思いました。

 

そのとき私はもう110歳を越してしまうので、

たぶん車椅子で行くだろうな。

桜が満開の公園、

そこには東京電力福島第一原子力発電所があった。

複雑な思いがある場所だけれど、

今はこんなに桜が咲く公園になっているんだ。

 

私は車椅子から桜を見上げ、50年前のことを思い出す。

辛かったこと、

悲しかったこと、

怒ったこと、

励ましあったこと、

そして、支えられたこと、

いろんなこと、いろんな方のことを思い出す。

きっと、私は泣いてしまうだろう。

でも、その涙は悲しみとか怒りとか、そういう涙ではないはず。

 

そんなことを考えていたら、

本当に涙が流れていました。

 

叶わない願い、

でも・・・、きっと・・・、

私の代わりに見届けてくださる方がいる。

私のTLにいらっしゃる方のうちのどなたかは、

きっと見届けてくださるはず。

 

いちえふの跡地に立って、

「そう言えば50年も前のことだけど、あふらんというひとがいたな。

 廃炉を見届けたいと言っていたな」

そんなふうに思い出して空を見上げてもらえたら、うれしい。

 

             

| そこにある福島 2017 | - | - | quaze |
2017/2/23 今日のメモ

〜今日のメモ〜 ツイッターは議論に向かない

 

■ 「ツイッターというのは言葉足らずになる必然があり、白が黒かの論争になってしまう。こっちもあっちもそっちも大事という話だったはずなのに、いつのまにか、Aをやればいい、いやBをやればいい、いやAはだめだ・・・、みたいになってしまう。AもBもそれこそCも、それを全部やってうまくいくんだよね〜、それぞれに得意なことでがんばろうよね〜とならずにね」と夫が言っている。私もそう思う。

 

■ その点、ブログはいいな。書き直しができるし、いきなり矢が飛んでくることもない。ツイッターのように強制的に私の言葉を見せられることもない。来たいと思う人が来たいときに来て読んでいく。私にはブログがあっているのかもしれない。

 

ツイッターは議論には向かないと思う。お知らせに使ったり、身近なできごとを報告したり、そういうことに使えばいいんだろうなと思う。

 

頂上を目ざす登山口は複数あるほうがいい。複数ある登山口から自分にあったルートを選べばいい。1つのルートが落石でふさがれたら別ルートに変更できる。1本のルートしかなかったら全員遭難という危険性もある。そして、明らかに危険なルートがあれば、やめるようにアドバイスしよう。

 

     

| そこにある福島 2017 | - | - | quaze |
2017/2/21 今日のメモ

〜今日のメモ〜  レールは複数ある

 

■ 避難した子どもへのいじめの時もいっしょ。一番大事なことは今深く傷ついている本人をこれ以上傷つけないこと。それが最優先。どれほどショックを受けているかわからない。強くなるのは傷が癒えてからで十分。そして、強くなくても生きて行ける社会にすることも大事。ニュースにするときは慎重に。

 

■ 私は放射線に対する知識はあるけれど、人前で関学の女子学生のような目にあったら、もう立ち直れないかもしれない。これは、本人に知識があるかないかは関係ない。知識があったところでこの屈辱はぬぐえない。そういう行為だということ。この報道で彼女がセカンドレイプのようになりませんように。


■ あれほどの屈辱を自力で跳ね返せというのは彼女を二重に傷つけることにならないか。そのとき周りにいた学生が無反応だったとしたら、それこそが問題。

 

■ 関学は、全力でその女子学生を守ってほしい。メディアや世間から。そして、全学生に向けて今の福島の現状を正確に広報すること。彼女が今後同じような理不尽な行為をされたとき「それは違う」と言える学生を育てること。それが、大学としてやるべきことだと思う。

 

■ 実際にひどい目にあっているときはそれに耐えるだけで力尽きてしまう。戦わなくてもいいんだよ。辛い時に逃げ込める場、相談できる場を作っておくこと、それが現実的に周りができること。

 

■ 福高生のような生徒がいることも大事。そして、彼らのようにまではできない生徒も大事。みんな大事な福島の子どもたちなんだ。「学んで強くなる」というレールだけではないんだよ、レールは複数ある。強くなれなくてもいい、そのときは助けるから、自分を責めないで、そういうフォローが必要なんだと思う。  

 

         

| そこにある福島 2017 | - | - | quaze |
静かにこの6年間を振り返る時間

戦うべきだと判断した時は、

私は一人ででも戦う。

 

戦う必要がないと判断した時は、

私は戦わない。

 

それを決めるのは私なのです。

 

そして、

スルーすることもひとつのやり方、

私はそう思っています。

 

私がアカウントを削除したのは、

ある方の引用RTが「直接の原因」ではありません。

その方の引用RTは、

どうしてそういう反応になるのか理解できないものでしたが、

似たようなことは今までもあったので、

スルーするということで対処できると判断しました。

引用RT全てに返事をしなければならないというわけではありません。

 

アカウントを削除したのは、もっと根源的な理由です。

 

今は静かにこの6年間を振り返る時間が必要だと思いました。

 

新たな試みも考えています。

 

いつか復帰するつもりです。

 

 

         

| そこにある福島 2017 | - | - | quaze |
あまい思いや夢でなく
しあわせの歌

作詞 石原 健治
作曲 木下 航二


しあわせはおいらの願い 仕事はとっても苦しいが
流れる汗に未来を込めて 明るい社会を作ること
 みんなと歌おう しあわせの歌を
 ひびくこだまを 追って行こう

しあわせはわたしの願い あまい思いや夢でなく
今の今をより美しく つらぬき通して生きること
 みんなと歌おう しあわせの歌を
 ひびくこだまを 追って行こう

しあわせはみんなの願い 朝やけの山河を守り
働くものの平和の心を 世界の人にしめすこと
 みんなと歌おう しあわせの歌を
 ひびくこだまを 追って行こう
  

*****


今から40年前、学生のころ、
友人に誘われてあるコンサートに行った。

コンサートの最後はこの曲だった。
客席の人たちもみんなが手をつなぎ歌った。

私はこの歌がすきになった。
今聞けば、今風ではないし、
オールド左翼がすきそうな歌・・・
みたいに言われるのだろうな。

でも、私はすきだ。
特に、

>しあわせはわたしの願い あまい思いや夢でなく
>今の今をより美しく つらぬき通して生きること


この歌詞がすき。
福島に住んでいて思う。
あまい思いや夢では生きていけない。
誇りも尊厳も傷つけられるようなことが何度もあり、
それは今も続く。
来年で5年が過ぎる。
もはや悪意をもって言っているのではと思うような、
「福島には住めない」というような言説が今も飛び交う。

疲れたなと思う。
心が荒む。
いつまで「違う」と言い続けなければならないんだろう。
報道って何だ!
人権って何だ!
そう叫びたくなる。

もう何もかも関係な〜いと放り出したくなる。
そうやって何日かすごしたときに思う、
このままでいいの?って。
私は62歳。
あと10年くらいしか生きられないかもしれない、
関係な〜いとすごして後悔しない?って。

荒んだ心に「しあわせの歌」のあのフレーズが浮かぶ。

何をきれいごとを言っているのと思われるかもしれないけど、
そのとき私はこのフレーズを思い出す。

>今の今をより美しく つらぬき通して生きること

こんなふうにはできないと思う、
でもすきなんだ、このフレーズが。
心の中にスーッと涼やかな風が吹いたような気持ちになる。

できなくても、無理でも、時代遅れと言われても、
今の今をより美しく つらぬき通して生きられたらいいなって、
そう思う。

     
| そこにある福島 | - | - | quaze |
そのひとは本当に同志なの?
ある方のツイを目にしました。
そして、そのことについてツイートしたかったのですが、
それによって起こることを予想したとき、
過去の恐怖が蘇り、ツイートすることはできませんでした。
でも、言っておきたいことではあるので、
ここに記録として残しておくことにします。
    

*****
       

ー分が政治的発言をすることで、「死ね」「レイプしろ」「出ていけ」という言葉を大量に浴びるとすれば、政治的発言をひかえる選択になりやすく、抵抗するよりも沈黙することを「選ぶ」ように追い込まれます。「沈黙させること」が、執拗に罵詈雑言の浴びせる人たちの目的です。← その通りです。
https://twitter.com/SANNGATUUSAGINO/status/651542147938693120

◆崟治的発言」を「福島の事実」と置き換えれば、そっくりそのまま私や御用学者とレッテルを貼られ攻撃された人たちが受けた行為と同じです。私はそれでも「福島のこと」を知ってほしくて返信を続けましたが、やがて気づきました。これは私を疲弊させるためにしていることなんだと。

(福島に住み続ける私と)最初から対話などするつもりはないのです。だから「勝手に死ね」という捨て台詞を吐くのです。いじめといっしょです。そのことに気づいた時、私はそういう@には返信をしないでブロックするようにしました。でなければ、私が壊れてしまうからです。自分を守るための自衛策でした。

い修靴董△海海らが私が一番言いたいことです。だから、私はシールズがブロックするのを否定はしません。ただし、シールズ公式が賛同の意味でRTしているそのアカウントそのものが「死ね」「殺す」と言ってきたアカウントであることに気づくアンテナがないなら、ダブルスタンダードです。

ズ、あなたの隣で「戦争法反対」と言っているそのひとが、ほんの少し前には、福島に住む人に対して「勝ってに死ね」「はっきり言って年寄りよりも子どものほうだ大事です」と言ってきた人かもしれないのです。でも、こういう問いかけはブロックされて届かないでしょう。

私は自分がされて苦しかったことはしないつもり。だから、シールズを誹謗中傷したことはないし、シールズだけに限らず、どんな立場に対しても理不尽な攻撃にはNOと言いたいし、言ってきたつもりです。そのために、陰でいろいろ言われたりもしました。

Щ笋楼楕殍^討鉾紳个任靴燭、だからこそ、シールズに対して「ここは直したほうがいいのではないか」と思う点があって、それを本アカで言いたかったです。でも、それにブレーキをかけさせたのは、彼等をとりまく人たちの存在でした。私がそれらしきことを言ったなら、どんな@の山が来るかを想像したら恐怖でした。それが、この4年半の教訓です。

Y川のようなひとに「殺す」と言われるかもしれない。それだけの恐怖心を植えつけてきたのです、あの人たちは。山本太郎や松田美由紀のツイに「それは違います」と言っただけで、どんなに多くの罵詈雑言・脅し・揶揄が私のところに来たかを過去にさかのぼって示したいくらいです。

私を含む人たちをだまらせ、恐怖心を与えてきたアカウントをシールズ公式がRTする。それを平常心で眺めていられるほど私は達観できません。そのことを知らせようと直接@したかたがいるけれど、たぶん届きはしないでしょう。過激派だけを排除すればいいのではないのです。

ネット上で、シールズあなたの隣で同志のようにふるまうそのひとが何をしてきたか、それを見抜く目を持ってほしいです。隣にいるそのひとは、今、あなたたちがされて苦しんでいることと同じことを過去にし、今もしているかもしれないのです。どうかそのことに気づいてほしい。


*****


↑の私のツイはシールズを誹謗中傷するものなのでしょうか?
「ネトウヨ」と言われるひとを喜ばせることになるのでしょうか?

そう言われるのだとしたら、悲しい。

もしも、こういうことすら書くなと言われるのなら、
私は何を言えばいいのでしょうか?


この程度のツイをツイッターに書くことを私に躊躇させる、
そういう恐怖心を植えつけてきたひとたちが存在する事実に
どうか気づいてほしいと思います。

     
| そこにある福島 | - | - | quaze |
実は、私が危惧していること(追記あり)
ツイッターに連投しようと思ったんだけど、
こういうことを連投すると、
かなりいろいろ言われるだろうなと思うのね。
そして、一部だけをRTされて利用されるから、ブログにしました。
実は、私は、安倍さんが総理になったときから
ずっと危惧していることがあって、
それが杞憂に終わればいいなと思っているんですけど、
そのことについてすこし書きました。

今、安保法案に焦点が当たっているけど、
安倍政権がひたひたと行ってきたことは、
歴史観と教育の見直しなんじゃないかと思っているわけです。
そして、それは、世論の「そうだよね」という後押しがないと、
進まないことで、
その布石が打たれているような不気味さを感じています。

いろいろ神経を使う話題なので、やんわりと書いたつもりです。
あまり、突っ込まないでくださいね。


*****
      

■ 安倍さんがやりたいのは、実は基本的人権の制限なのではないのかなと思っているの。教育勅語の世界を夢見ているのではないか・・・。私が安倍さんに不安を感じるのは、単に権力の座につきたいというような「世俗的な願望」とは別のところに安倍さんの本音があるようで、それがとても不気味なのです。

■ 下村文科相をはじめとした安倍さんの周りにいるひとたちが、生臭い権力闘争を志向しているなら、そんなに心配はしない。どこかで妥協したりうまく立ち回ったりするだろうから。でも、今までの自民党政権とは違った不安を感じる。だから、少なくとも下村文科相はやめてほしいなと思っている。

■ 教育勅語の世界を夢見る人たちにとっては、20歳前後の若者が目的のために罵声を浴びせたり暴言を吐くことは、ある意味では歓迎すべきことじゃない?一般の人にとっては、右翼のヘイトスピーチと同じように見えてしまう。どっちもどっちに見えてしまう。どっちも怖いなと思うかもしれない。あかりちゃんの言い方に、年上の人に対して言葉使いが酷いなと感じる人もいるだろうし。

■ 「あんな生意気な言い方をする若者にしたのは戦後教育のせいだ」が浸透すれば、安倍さんたちにとっては歓迎すべきことじゃないかな。(リアルな世界の若者たちは、高齢者よりもはるかに礼儀正しく丁寧な人も多いんだけどね)泳がせ政策というのもあるし。

■ だから、高校生のデモ、慎重にやってほしいなと思う。ほぼ70年間権力の座にあった勢力を甘く見てはだめだよ。すくなくとも、フロントに立つ人がこんなことをツイしていていいのかな?

※ほなみさんのアカウントは鍵がかけられて、以前紹介したツイは見られなくなりました。スクショされたものがネット上では見られます。そこまではしたくないのですが、こういう内容だということで貼っておきます。
http://tr.twipple.jp/p/50/1fd14d.html

■ 彼等を称賛する人たちは、そういう危惧を持たないのだろうかと思うんだけど、すごいよね、ネット上では称賛と、そして罵倒が。

■ こういうことを言うと、デモをして何が悪いとか、ヘイトスピーチはもっとひどいとか、言われたりするんだけど、私はデモが悪いなんて言ってないし、ヘイトスピーチを容認したりもしてないです。ただ、こういう乱暴な言葉に引いてしまう人もいるだろうなと思う。もったいないと思う。

■ 70年代の学生運動が一気に衰退したのには、いろいろ要因はあるけど、世間からの支持がなくなったこともひとつの要因だと思う。エンタープライズ佐世保寄港阻止のころは、過激な運動にも共感的な新聞記事が多かったような印象。でも、市街戦や爆破事件、ついには浅間山荘事件まであって、世論の支持はなくなりました。そして、新聞の論調も一気に変わる。

■ 政権にとって、世論の動向は気になるところで、世論の支持がなくては実施できないことも多いでしょ。だから、運動するほうも、世間が自分達をどう見ているかって視点も大事だと思う。そんなふうに見るほうが悪いと言っても、そう見えるという声に耳を傾けないと、支持は広がらないんじゃない?  

■ 政権にかっこうの口実を与えるようなことがないように、そういう用心をしながら、本来の目的を達成するためにがんばろうよって私は思ってます。でも、こういうことを言うと、昭和のじじばばはだまってろって言われたり・・・。(グスン)


追記・・・


■ しかし、上念 司氏(@smith796000)のTLを見たりすると、恐ろしくなりますね。それなりに立場のある方がこんなふツイをするんだなと。SEALDsを批判することは自由だけど、やり方が怖いなと思いましたね。SEALDsのメンバーの個人情報を網羅したものを流す必要があるのでしょうかね。

■ 上念 司氏には、前からなんだかなぁ〜という感じがしていたのですよね。用心しなくちゃ。品性を感じないという点では、ほなみさんのツイと似たり寄ったりという印象。

■ でも、上念氏はもう大人で立場もある方ですからね。批判するなら、フェアにやってほしいと思います。こういうのを目にすると、もうどちらにも関わりたくないと思ってしまうくらい恐怖を感じますね。(ネット、怖い)

■ それから、勝手にSEALDsを応援する人たちのことにまで、SEALDsに責任を求めるのはきついかなと思いますけど、SEALDsがRTした場合は、そのツイやアカウントを支持しているって、普通思うよね。だから、RTは慎重にしたほうがいいと思う。

■ 過去に「殺す」と発言し、名指しされたひとが警察に相談に行くまでのことがあった人のツイをRTするのはまずいと思う。Y川氏ですけど(だだって、怖いかかかから名前を書けない)まあ、彼等がそこまではわからないのは仕方ないかもしれないけどね。でも、岩上氏やY川氏が過去にどんなことを言ってきたか、知ってほしいなとは思う。

■ くれぐれも、RTは慎重に、そして、挑発には乗らないこと、・・・と昭和のばーちゃんは思います。派手に言い返す行為を称賛する大人にはくれぐれも用心してね。

■ 私も、福島から避難しなかったら、「勝手に死ね」とか言われました。それに対して、「てめーもな」とか「てめーこそ死ね」とか言い返していたら、私の話を聴いてくれるひとが増えたでしょうか。

          
| おもうこと | - | - | quaze |
いろんな「反対」の根拠があっていい 思考停止したくないから
2日続けて、缶バッジの記事を連投しました。
そのわけをツイッターに書こうと思ったのですが、
ツイッターは一部だけが切り取られて拡散するので、
私の意図がきちんと伝わらないと思いました。
それで、ツイッター用に書いたものをブログにアップします。

私は現段階では「安保法案に反対します」
その根拠を↓に書いてみました。
 

*****


 岼楕殍^討砲垢辰犯紳个任ないのは、今それを言っている人たちが福島についてどう言っていたかが消えないからなんだよね」夫がボソッと言った。夫も私も仮に分類すれば、真ん中よりも左側。それでも、反原発運動などで感じた不信感は心の中に深く沈殿している。

反原発運動がもたらしたものの中にある問題を省みない人たちが、まるで「私たちは何も悪いことはしてこなかった」かのように、今度は「安保法案反対」と叫ぶ。つまり「福島」とは彼等にとってはその程度のものだったんだな。それに傷つき今も苦しむ人たちがいることなど考えもしないのだろう。そういうもやもやがある。

私が缶バッジもどきを作ったのは「私なりの意思表示」をしたかったから。誰かが言うこと、誰かがやること、それに乗るのではなく、私なりのやり方で静かにそっと意思表示をしたかった。「反対」といっても、いろんな人がいる。そのひとのいう「反対」の根拠はそれぞれに違う。それを言いたかった。

ぁ崢兵制になる」とか「若者が戦争に行くようになる」というようなことが私の「反対」の根拠ではない。そういうふうに単純化して語ることに違和感を感じている。一度成立した法律を簡単に変えることはできない。これだけ国際的にも影響のある法律を急いで成立させることに「ちょっと待って」というのが、法案反対の一番の理由。もっと考える時間がほしい。

イ世ら「戦争法案」と呼ぶことにも抵抗がある。「戦争法案」に反対しないんですか!と相手に迫るやり方は思考停止をまねくと思っている。外交はすべてを表に出すことができない。きっと私の知らないところでいろんな思惑があるのだろう。そういう複雑なことを知る時間がほしいんです。

衆院で2/3の議席がある今なら、成立させられる。安倍政権がそうふんで成立を急ぐなら、それに「待った」をかけたい。そんな気持ちで私は「安保法案に反対します」なのです。いろんな「反対」の根拠があっていい。それを言いたいのです。


*****     

          
2つ作った缶バッジもどきのうち、
あなたの本意はどちらにあるかと聞かれたら、
私は最初に作った「ダサいふぞろいのりんご」バッジにありますと、
答えます。
私が今言いたいのは、
考えるところから始めてみませんか?だから。

そして、
次に作った缶バッジもどきには別の意味があります。
いろんな理由があったとしても、
「とにかく、安保法案の成立には反対です」
という人たちが多いと思うのです。
でも、そういう人たちの中には、
反対だけど、表立って行動することはためらわれる、
そういうひともいるだろうと思うのです。 

そういう人が、そっと「反対なの」と意思表示できたらいいな、
そういう人が違和感なく使えるデザインをと思って作りました。 

私は戦争が終わって8年後に生まれました。
若い時代を戦争と共にあった母は、
「戦争だけは絶対にしてはいけない」と言い続けていました。
8月は、母の命日の月でもあるので、
ずっと「平和はいい」と言い続けてきた母のことを思って作った
「鳩の缶バッジ」もどきでもあります。

        
| おもうこと | - | - | quaze |
安保法案 考えるところから始めてみませんか
今から考えるなんて遅い?
そんなことはないと私は思っています。
参院の審議はまだ始まっていません。
私も知ろうとし始めたところです。

ふぞろいのりんごだからいい。
いっしょに、
考えるところから始めてみませんか?




ダサくてすみません。
でも、還暦過ぎたド素人には、これが限界かなぁ〜。
英語でかっこよくやろうとしても、それはしょせん無理なことです。 
身の丈に合ったやり方で行くしかないので、
まあ、こんなものでしょう。
縦書き、日本語、私なりのアクション。

若い方のセンスにはとうていかなわないのです。
それが現実。
だから、悪あがきにならないように、
腹を括って、
こんなダサいバッジもどきを作ってみました。

反対・賛成、その前に知らないことが多い、
そんな気がしませんか?
実は、私は福島市民で、
いろいろ考えなくてはならないことも多くて、 
正直言って、「安保法案」まで考える余裕がありませんでした。
(一応、反対の立場ではあったんですけどね)

いよいよ委員会採決があるというころから、
あれれ、このままでいいのかしらと思いはじめ、
少しばかり、知ろうとするようになりました。

今ごろ、遅い!と言われるかもしれませんが、
ずっと知らないままよりはましかなと思っています。
そんなゆるい私です。

最初から、
反対すべき!賛成すべき!ではなく、
まず、知ろうとすることから始めたいなと思って、
そんな気持ちをこのダサいバッジに込めてみました。

            
| おもうこと | - | - | quaze |
福島医療生協・わたり病院医師 齋藤紀さんに聞く
「しんぶん赤旗」2015年3月22日に掲載された
齋藤紀先生のインタビュー記事を転載いたしました。
全文転載するということには躊躇しましたが、
読んでいただくことのほうが大事と思い、全文転載させていただきました。

*****

科学の目でリスク見つめ、被災者全体の連帯めざす

〜 福島の医師として今伝えたいこと 〜 
福島医療生協・わたり病院医師 齋藤紀さんに聞く

福島で医師として住民の生活と健康に向き合っている福島医療生協・わたり病院医師、日本原水協代表理事の齋藤紀(おさむ)さん(67)に、東京電力福島第1原発事故から4年たった今、伝えたいことを聞きました。
(柴田善太)


■放射能の知識を広げる

 ─ この4年間どんな活動をしてきたのですか。

 まず、病院と地域を守る活動ですね。事故から1、2ヵ月は毎朝全職員が集合して、事故状況、避難所支援の状況確認、患者さんの不安などへの対処など議論を重ねました。

 福島県は被災3県で唯一、医師、看護師が激減し、事故前の2010年と12年の比で医師が約120人、看護師は600人以上減りました。わたり病院は、病院を維持し地域住民、避難者の診療を続けることができました。

 放射能の知識が渇望されていたので、福島県内を含め、全国で話をしてまわりました。中学校で話をする機会もあり、悩みましたね、子どもにどう話せば伝わるかと─。

 演壇に登るとき、ふっと思いついたんです。謝ろうと。「原発事故を防げなかったことを、おとなの一人として子どものみんなに謝罪する」と最初に話しました。スタンスがはっきりしたというのですかね。これで心が落ち着きました。

 ─ 原発事故による被害を細胞病理学と社会病理学との統一として説明されていますね。

 放射線も含め人間の細胞が傷つけられる場合、これを解明するのが細胞病理学です。同時に、今回は原発事故によって一定の地域が傷つけられた。傷とはいったいなにか、どうしたら回復することができるのか。自然科学と社会科学の両方の目と心を持って考えることが必要です。

■甲状腺がんの現状

 ─ 甲状腺がんの現状を現時点でどう見ますか。

 福島県の18歳以下の甲状腺検査が13年度で一巡しました。11年度は双葉郡中心、12年度は中通り中心、13年度はいわき、会津地方と、汚染度の高い地域から行いました。

 がん、またはがんの疑いの率は11年度0・033%、12年度が0・040%、13年度が0・033%とほぼ同率です。しこりの大きさもそれぞれ平均14・1ミリ、14・5ミリ 、13・3ミリとほぼ同程度です。

 放射線による甲状腺がんは若年齢ほど感受性が高いとされています。

 福島県の甲状腺調査で、がん、またはがんの疑いとされた人について、構成を年齢別でみると、0?5歳はなし、6?9歳が4・6%、10?18歳が95・4%です。チェルノブイリ事故のベラルーシの0?5歳が60・2%、6?14歳25・2%、15?19歳14・6%とは逆のパターンになっています。ベラルーシの場合は汚染された牛乳を飲み続けたこと、国土が海に面しておらずヨウ素欠乏地域であったことの影響があります。

 甲状腺被ばく量50ミリシーベルトが安定ヨウ素剤の投与判断レベルとされていますが、今回、直接計測の調査ではそれを超える事例は確認されていません。

 どの程度のリスクがあるのかをつかむことが住民を冷静な判断に導きます。

 被ばく量の実態、エコーによる発見率であること、かつ地域差がないこと。これらの状況から見れば、現時点で放射線によるがん発症増加が明確になったということは困難です。

 しかし、放射性ヨウ素のリスクは長期にわたるため、息の長い調査が必要です。同時にそれは親と子の人生にとって深刻な心理的負担となります。住民の意向を踏まえることも考慮しなくてはいけません。

 現在、甲状腺検査は2巡目に入っています。ここで、がん、またはがんの疑いの事例のパーセンテージを慎重に見定めてゆくことが大切です。

■崩れた社会の再建へ

 ─ 社会病理学という点では、どうでしょうか。

 崩れた社会の再建という点ではなかなか解決できていません。これほどの苦難を強いたにもかかわらず原発再稼働を目指す、分断を持ち込むなど国と東電の姿勢が元凶としてあります。

 同時に、避難した人と残った人の複雑な感情、放射線の影響をめぐる問題で不安や風評が絡みあっています。

 重要なことは避難の別にかかわらず生活や心の困難を抱えていることです。私は対立するのでなく、ともに手を握り生きていこうと機会あるごとに話しています。ともに原発事故の被害者なのですから。

 科学の目と具体的な努力でリスクを克服する、孤立せず手をつないで生活と生業(なりわい)を再建する、地域の復興の視点を捨てない。

 私は被災者全体がやがて連帯できることを確信しています。

(「しんぶん赤旗」2015年3月22日より転載)

          
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