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猪苗代から見た磐梯山です
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「福島人権宣言」に異議アリ(加筆しました)

「福島人権宣言」というものの存在を昨日まで知らなかった私。
ネットに日々接続している私でも気づかなかったくらいですから、
ほとんどの福島県民は知らないと思います。
この宣言が大きな影響力を持つとは思えないので、
ほっておけばいいのかもしれないのですが、
やはり黙ってはいられないという感情が湧き出て、
私の感想を書くことにしました。
※ 一部加筆しました。

*****

福島人権宣言 (福島県が作成した人権宣言ではありません) ※ 注1

私たち今、大いなる不安の中で日々生活しています。うつくしま、福島。私たちの故郷がカタカナでフクシマと呼ばれたり、放射能問題に頭をこれほど悩ますことは、全く考えたこともありませんでした。

 原発事故直後、私たちは老若男女を問わず、放射線を浴びました。その後も、線量の違いはあれ、外部被ばく・内部被ばくを続けています。原発から放出された眼に見えない放射線が、電離作用によって身体細胞の遺伝子を切断しています。子どもを外遊びさせるかどうかなど、日々困難な選択を迫られています。何も気にせずに深呼吸することさえできなくなりました。これらの事実により、私たちは精神的にも大きく傷ついています。

 このような放射線の健康リスクと隣り合わせの環境で、日常生活を送っている人が大勢います。しかし決して健康に無関心というわけではありません。簡易な放射線検査機を購入して測定をしながら、外部被ばく・内部被ばくをどうやって避けて生活したらよいか毎日悩んでいます。特に、感受性の高い子どもたちの被ばくを避けるためにどうしたらよいかは切実な問題です。

 住み慣れた場所から避難している人も多くいます。それが強制であれ、任意であれ、それまでの日常生活を捨てて生きていかねばなりません。経済的な負担はもちろんのこと、家族や地域と離ればなれになることによって精神的な苦痛を感じています。
 福島に住み続ける人も、去った人も、かつては希望と期待を持って福島で生活していました。みな故郷を愛する気持ちは同じです。にもかかわらず、福島に留まる人、避難している人、避難しようとしている人との間に心の隙間が広がっているという悲しい現実があります。
 原発事故により私たちは多くのものを失いました。しかし、もうこれ以上失いたくありません。

一、 私たちには、憲法で保障された幸福追求権があります。
一、 避難する、しないを自分で選択する自己決定権があります。
一、 放射線被害について、私たちが納得いくまで情報を得る、知る権利があります。
一、 差別のない、自由かつ平等な社会を求める権利があります。
一、 健康な身体を持ち、福島の自然を愛し、楽しむ生活を送る権利があります。
一、 財産が放射能汚染により侵害された場合には完全な補償を求める権利があります。
一、 私たちが愛した元の福島を返してほしい。そう主張する権利があります。
   何も考えずに水が飲みたい。おいしい米、野菜、果物、魚、肉、これらを何の不安もなく食べることのできる、元の福島に戻してほしい。
    子どもの笑顔を見守りながら、家族や近所の人たちが笑顔を交わして仲良くできる、昔の福島に戻してください。
一、 元の福島に戻すことが無理ならば、私たちが納得のいくまで、その償いを求める権利があります

 私たちは立ち上がることをここに宣言します。本当の笑顔と人権を取り戻すため。

                            2012(平成24)年10月13日

※ 注1
Q2.福島人権宣言は、誰が作成したのですか。
A2.福島市内の在住者及び元在住者の人たちの声を聞きながら、それらを踏まえて、弁護士野村吉太郎が作成したものです。(福島人権宣言は、福島の皆さんのご意見や体験を伺いながら、適宜、改訂しています)
http://home.v05.itscom.net/ans-law/nomuralaw/Q_%26_A.html

*****

まず、「福島人権宣言」という仰々しい名称がついていますが、
これは、福島県が作成し、宣言したものではありません。
ここのHPのQ&Aに
福島市内の在住者及び元住在者の人たちの声を聞きながら、それらを踏まえて、弁護士野村吉太郎が作成したものです。
とあります。

まず、一読して、私が疑問に思ったところを指摘したいと思います。
赤字にした部分です。

>何も気にせずに深呼吸することさえできなくなりました。

日付は、2012(平成24)年10月13日となっています。
ということは、原発事故から1年と7ヶ月たった状態ということですね。

私は、一福島市民ですが、今は何も気にせずに深呼吸しています。
それは、私が無知だからではありません。
2011年3月に福島市に降下した放射性物質は、今では地表に落ちていて、
空中を浮遊していないことを知っているからです。
そのことは福島市民のほとんどが知っていると思います。

さすがに、強風吹きすさぶ日にわざわざ深呼吸はしませんが、
今の福島市で、普通に呼吸をし、たまには深呼吸する、
そのことに問題があるとは思えません。
中には、それでも、気になって深呼吸ができない人もいるでしょう。
それはその人の自由であって、
あなたも深呼吸すべきだなどとは私は思いません。
しかし、この書き方では、
福島市は今も空中に放射性物質が浮遊しているという印象を与えます。
福島市に住む人がみんな深呼吸さえせいせいとできない状態なんだと
いう印象を与えます。
実際は、「気になって深呼吸できない人もいる」ということでしょう。
原発事故の悲惨さを強調したいがために、
事実と異なることを書くことはやめていただきたいし、
このような情緒的な表現は、避けていただきたい。

>福島に住み続ける人も、去った人も、かつては希望と期待を持って福島で生活していました。

なぜ、過去形なのですか?
今、福島市に住んでいる人間は、期待と希望を持っていないと、
なぜ、言えるのですか?
私は大きな希望などは持っていませんが、絶望もしていないし、
今日はケーキがおいしかったな♪と小さな幸せを感じて暮らしています。
中には、絶望している方もいるでしょう。
みんなが期待と希望を持って暮らしているわけではないと思います。
しかし、希望を持って暮らそうとしている人たちがいることも事実です。
こういうまるで悲劇の福島市のような書き方はやめていただきたい。
こういうことが、どれだけ、人との間に心の隙間を広げているか、自覚していただきたい。

>何も考えずに水が飲みたい。おいしい米、野菜、果物、魚、肉、これらを何の不安もなく食べることのできる、元の福島に戻してほしい

福島市の水道水の検査結果を知っているのでしょうか?

【福島市の水道水】
ヨウ素131検出限界値=0.836Bq/kg(11月14日測定分)
セシウム134検出限界値=1.16Bq/kg(11月14日測定分)
セシウム137検出限界値=0.724Bq/kg(11月14日測定分)
で測定し、すべて不検出
http://www.pref.fukushima.jp/j/sokuteichiinryousui622.pdf
   
それでも、水道水を飲みたくないと思うのは個々の自由ですが、
私は、この検査結果から、
何も考えずに水を飲んでもだいじょうぶだと思っています。
 
>子どもの笑顔を見守りながら、家族や近所の人たちが笑顔を交わして仲良くできる、昔の福島に戻してください

私は、家族や近所の人たちと笑顔を交わして仲良くしていますよ。
原発事故後のストレスはありますし(この宣言のような)、
毎日ハッピーというわけにはいきませんが、
まるで、みんな笑うことも仲良くすることもなくなった福島市のような言い方は
やめていただきたい。

>元の福島に戻すことが無理ならば、私たちが納得のいくまで、その償いを求める権利があります。

補償を求めるのは自由だと思いますが、その補償を得るために、
事実と異なる福島市を勝手につくりあげることはやめていただきたい。
それにしても、納得のいくまで、その償いを求めるという、
納得のレベルは個々人によって違うでしょうから、大変ですね。
実は、私はこの項目が一番ひっかかりました。
そもそも自分が納得のいくまで、
その償いを求める権利ってあるのでしょうか?
損害に応じた賠償の請求ならわかりますが。

>福島市内の在住者及び元在住者の人たちの声を聞きながら、それらを踏まえて、弁護士野村吉太郎が作成したものです。

福島市内の在住者及び元在住者の人たちの声を聞きながら、とありますが、
どれくらいの人の声を聞いたのでしょう?
約28万人いる福島市民の声を聞いたわけではないでしょう。
一部の人の声を福島市民の声のように言うのはやめていただきたい。
こういう行為がどれだけ、人と人を分断するか、少し考えればわかることだと思います。

この宣言を作った野村吉太郎氏は、東京弁護士会所属の弁護士。
なぜ、東京の弁護士が福島の人権宣言を作るのでしょう。
私は、住むところ、年齢、家庭環境、その他いろんな条件で
考え方がそれぞれに違うと思っています。
同じ福島市に住んでいても、人の考えはそれぞれに違います。
それを東京の弁護士が代弁して作ってあげましたといわんばかりに、
こんな仰々しい宣言を作って、
さあ、福島のみなさん、心の隙間を埋めましょう・・・って、
はっきり言って、ほんとにまったく状況をわかっていませんし、
はなはだ迷惑だと私は思います。

もしも、仮に福島市の弁護士が、東京の一部の人の話を聴いて、
「東京はこんなところです」と、
「東京人権宣言」なるものを作り、ネットで発表したら、
東京に住む多くの人が、「よく作ってくれた。ありがとう」と言うでしょうか。
「よけいなお世話よね。よく知らないくせに」と、
思わないでしょうか?
それと同じだと私は思います。

もう、自分たちに都合のいい「福島」を作るのはやめてください。
そういう行為が、福島に住む人の心をどれほと傷つけるか、
知ってほしい。

福島に住むことを選択した人の中にもいろんな考えの人がいます。
避難した人の中にもいろんな考えの人がいます。
私のように、この宣言に賛同できない人間も、
この宣言に賛同する方も、
現実の生活の中では、
共に、もしかすると、隣同士で暮らしているのが福島なのだと思います。
そういう考えの違いをわかった上で、
何とか知恵をしぼりながら、何とか折り合いをつけながら、
暮らしていこうとしているように私は思います。
   

それぞれに違うのです。

だから、

安易に曖昧に「私たち」と使わないでほしい。

ここで言う
「私たち」とは誰ですか?


私たち福島市民・・・ですか?
私たち福島県民・・・ですか?
それとも、
私たち宣言賛同者・・・ですか?
私たちの後に私たちとは誰なのかは明記していただきたい。

少なくとも、夫と私は、
この宣言の「私たち」の中に入っていないことは確かです。

*****

この記事を書いた後、夫と話し合いました。

「〜してほしい、 〜してください。納得のいくまで償いを求める」
こういう言い方がほんとにいやなの、
福島県に住む人間が、
みんな、相手に請い願うような人間だと思われたくない。
正当な請求はするけれど、
当然無理だと思われるようなことまでは要求しない。
この宣言は、
そういう人間としての誇りを、
私たち」という名のもとに傷つけた、
だから、賛同できないのだと。

確かに、
この宣言に書かれていることも福島の現実の一部であるとは思います。
私は、そう書いてきたつもりです。
でも、私は、この宣言の中にいる人たちとは違うし、
この宣言に書かれていることが福島の現実のすべてではない。
だから、福島人権宣言などという、
福島県民全体を包括するような印象を与えるタイトルは使わないでほしい、
そう、私個人は思います。

   

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